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たこ焼きの歴史、明治時代〜1980年代

たこ焼きは、小麦粉の生地の中にタコの小片を入れ直径3cm〜5cmぐらいの球形に焼き上げた、関西地方を中心として食されています。


たこ焼きの大元は、明治時代、東京に生まれたもんじゃ焼きであると言われています。もんじゃ焼きは持ち帰り用に水の配分を少なくして固めに焼き上げた「どんどん焼き」へと進化しました。

大正時代に入ってくると、どんどん焼きは関西で「一銭洋食」という名前で呼ばれるようになり、ソースなどを塗って食べられるようになりました。それを窪みのある鉄板に流し込んで、ひと口サイズで食べられる大きさに焼いたものが、「ちょぼ焼き」です。


昭和に入って、ちょぼ焼きは、表面にソースを塗らずに生地自体に大阪のダシと薄口醤油で味をつけ、こんにゃくなどを入れた「ラジオ焼き」へと変化していきます。

1933年(昭和8年)、このラジオ焼きに大阪の会津屋の創業者・遠藤留吉氏が牛肉を入れることを発案、これがたこ焼きの始まりだと言われています。


1935年 ラジオ焼きは、タコ・鶏卵を入れていた明石焼きの影響を受けてタコ・鶏卵を入れるようになったと言われ、名称もたこ焼きと呼ばれるようになりました。


ちなみに明石焼きは、卵の比率が多いたこ焼きを木の台の上に並べて、みつばを薬味として、出汁につけながら食べていく玉子焼きのことを明石焼きといいます。

昭和40年代に入ってくると、たこ焼きは関東地方でも屋台で販売されるようになります。東京・銀座では生地にエビのすり身を入れたたこ焼きの屋台が独特の風味で人気になりました。


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